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2021-04-05
20年間通った床屋さんが突然の閉店、ああなんてこった
20年間通った床屋さんが先月末をもって閉店した。ショックだった。店主も随分年齢を重ねてきていたので体力も心配ではあったけど、いつかは来るであろうXデイがついに来てしまった。虚脱感でいっぱいである。

私は中学生の頃、丸坊主するだけなのに、バリカンを横からガリガリやられて痛い思いをしてから新規の床屋に通うのがトラウマになっている。

あれから35年間で長期に通った床屋は3箇所だけ。中学から高校生まで父に紹介された自宅から20km離れた床屋まで、せっせと自転車で片道1時間掛けて通ったのが1件目。

大学1年生の春。実家の名古屋を離れ埼玉県で人生最初のひとり暮らし。勇気を振り絞って埼玉の床屋に行った。そこに居たのは若いなりたて理容師さん。チマチマとカットされてイライラして帰宅。勝手にハズレ認定して埼玉で床屋通うのをやめることにした。

その後、大学4年間、名古屋に帰省するタイミングを使って、中学から通い続けた床屋に行く生活を繰り返した。卒業後、東京に就職し社会人になってからも名古屋の床屋に通い続けたのである。

ところが社会人2年目、名古屋の床屋さんが店主の体調不良でお店を畳んでしまったのである。突然のお別れだった。

仕方がなかったので、居住地から徒歩圏内の床屋を2箇所訪問した。どちらも愛想の悪さとお店の雰囲気が嫌になり1回で断念。会社の上司が通っているお店を紹介され、そこに通った。

そこの床屋さん、まずまず良かった。4年間通った。2件目の床屋さんである

でもある日のこと。いつもどおりにお店に入ると、困ったような顔をした理容師(おばさま)さん。とりあえず座っていいよ、みたいないつもと違う雰囲気だった。

なんか変だなぁ、と思いながら自分が席に座って5分後。近所の子供たちがお店に入ってきた。すると、こう言われた。

「こちらの子を先にしてほしいの。」

予約制でもないお店だし、誰も店内に先客が居なかったら、いつもどおり入っただけ。4年間通っている常連客なはずなのに、猛烈に裏切られた気分になった。

「ふざけるな」と心の中で叫んだ。

「はい、わかりました。お世話になりました」

あれ以来、あの床屋さんには二度と行っていない。

気持ちを入れ替えて、別にある少し近所を自力で探そうと、ドキドキしながら入ったのが今の床屋さんである。3件目。あの時28歳。あれから20年通い続けたことになる。

当時は自宅から徒歩4分の場所だったが、後に板橋区に転居したときだって通ったし、大田区に転居してからも1時間掛けて通った。そして結婚後も通い続けた。

お店に入ったら何も言わずに座るだけ。

店主「いつもどおりで良いよね?」
私「はい」

たったこれだけの会話である。この会話も最初の2年間だけ。3年目からは、それすら会話がなく、座ってから黙っているだけでカットは終わる流れ。

床屋に入って、何も言葉を発せずともいつもどおりにカットしてくれる店主サン。人生において、心の底から安心して通うことができる床屋さんだった。

店主も年々老いを感じてはいた。途中がんの摘出手術を受けたこともあった。それでも、あれから20年。ついに私の長年の通い先がなくなった。

床屋さんはハードな仕事である。ほぼ立ち仕事。自宅を兼ねたお店。シャワー設備も明らかに老朽化していた。いつ壊れてもおかしくない設備だった。

最後に通った今年2月。店主はまだまだ元気に見えた。だから体力的な理由ではないと思う。設備が故障しても修理余力がなかったのかもしれない。お店を畳んだ正式な理由はわからないままである。

これからどうしよう。

先週の土曜日、自宅から自転車で通える床屋に思いっきって入っみた。20年ぶりの新規の床屋さんである。

入ったらびっくりした。背骨が大きく曲がった超高齢のおばあさんだった。

しかし、見た目と異なって、超テキパキとカットで華麗なハサミさばき。カミソリも迅速且つスピーディ。一発で気に入った。良かった。

しかし、かなりの高齢である。お世辞にも理容師としての残された現役生活はそう長くはない。

それでも、これからしばらくお世話になろうと思う。
インフォビルドブログ 国道走行リスト 作者プロフィール マイカー全給油記録 所持運転免許紹介
給油日 2021年09月26日
給油場所 東京都大田区
種別 セルフ
給油量 38.33リットル
単価1L 157円(税込)
累計走行距離 299581km
累計給油量 19898.9L
累計平均単価 145円/L
累計燃費 15.06km/L
累計金額費 2885611円
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