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2026-06-25
車高を落とすのは本当にかっこいいのか?

私がローダウンにどうしても魅力を感じない理由

GRカローラに乗る前から、私はずっと車に対して思っていることがある。

それは、車高を落とすカスタムについてである。

車好きの世界では、車高を落とすことが一種の美学のように語られることが多い。

車高調を入れる。ダウンサスを入れる。純正よりも低く構える。フェンダーとタイヤの隙間を詰める。

たしかに、そういうスタイルを「かっこいい」と感じる人が多いのは理解はできる。

ただ、あえて私は言いたい。

私は、車高を落とすことにまったくかっこよさを感じないのだ。

むしろ、率直に言えば、車高を落とすのはダサい。かっこ悪い。実用性を落としてまで何がいいのか、正直よくわからない。

これが、私の昔から変わらない感覚でる。

サーキット走行なら話は別

もちろん、車高を落とすことそのものを全否定しているわけではない。

本格的なスポーツ走行やサーキット走行をする場合、車高調整によって重心を下げたり、足回りのセッティングを詰めたりする意味はある。

コンマ何秒を争うような世界で、タイムを削るために車高を調整する。
走行性能を高めるために、目的を持ってセッティングする。

これは理解できる。

ただ、世の中で車高を落としている車の多くが、本当にそこまでシビアな走行性能を求めているのかというと、必ずしもそうではないはずだ。

多くの場合は、見た目。
つまり、純正より低い方がかっこいい。
低く構えた姿が美しい。
そういう感覚でローダウンしているケースが多いのではないだろうか。

見た目のかっこよさは、完全に主観である

見た目のかっこよさについては、完全に個人の主観である。

ある人が見て「かっこいい」と思うものを、別の人は「ダサい」と感じる。
ある人が「かわいい」と思うものを、別の人はまったくそう感じない。

車のデザインも、ホイールの好みも、エアロパーツの好みも、色の好みも、すべて同じです。

そこに絶対的な正解はない。

だから、車高を落とした車を本人がかっこいいと思っているなら、それはそれでいいと思う。

他人がどうこう言う話ではない。
本人が満足しているなら、それはその人にとって正解だからだ。

ただし、それを踏まえたうえで、私はあえて言いたい。

車高を落とした車を見ても、私はまったくかっこいいと思わない。

むしろ、実用性を犠牲にしてまで車高を落としている姿を見ると、どうしても「それ、本当にかっこいいのか?」と思ってしまうのだ。

日常道路には、段差がある

普通に公道を走っていれば、段差は必ずあります。

コンビニに入る。
飲食店の駐車場に入る。
歩道をまたいで店舗の敷地に入る。
少し傾斜のある坂道を通る。
コインパーキングに停める。

日常の運転では、こういう場面がいくらでもある。

メーカーが標準で設定している車高であれば、多くの場合、こうした場面で大きな問題は起きない。

もちろん車種にもよるが、普通に走る、普通に駐車する、普通に店に入るという範囲では、基本的に困ることは少ないはずだ。

しかし、車高を落とすと話は変わる。

少しの段差でフロントを擦る。
坂道の入口でバンパーを気にする。
ロック式のコインパーキングに入れない。
行けるはずの場所に行けなくなる。
本来なら何も考えずに通れる道で、いちいち気を遣う。

この時点で、私にはどうしても理解できないのである。

かっこよさのために、なぜ不便を背負うのか

見た目のためだけに車高を落とす。
その結果、段差を気にする。
車を擦る。
バンパーに傷がつく。
本来行ける場所に行けなくなる。

これを見て、私はどうしても「本末転倒ではないか」と思っている。

車は走るもの。
移動するもの。
公道を走り、駐車場に入り、目的地まで人を運ぶもの。

その車の実用性を落としてまで、見た目だけを優先する。

もちろん、それが本人にとっての美学であるなら否定はしない。

しかし、私の感覚では、それはかっこいいというより、むしろ不自由に見えてしまうのだ。

車高を落とした結果、ちょっとした段差にすら神経を使う。
コンビニに入るだけで斜めに進入する。
コインパーキングを選ぶ。
段差のある店には行けない。

それを見て、私は「かっこいい」とは感じない。

むしろ、車に乗っているはずなのに、車に行動を制限されているように見えてしまうのである。

エアロパーツはあり。でもローダウンは理解できない

車をカスタムすること自体は、私は否定してしない。

エアロパーツを付ける。
ホイールを変える。
内装を変える。
マフラーを変える。
ステッカーを貼る。

こうしたカスタムには、それぞれ好みがある。

もちろん種類にもよりますが、エアロパーツを付けて見た目を変えること自体は、私は全然ありだと思っている。

ただ、車高を落とすことだけは、どうしても昔からかっこいいと思えない。

若い頃から今に至るまで、その感覚は変わっていない。

「低い方がかっこいい」
「フェンダーの隙間が少ない方が美しい」
「腰高感がなくなる」

そういう意見があることはわかります。

でも、私には響かない。
むしろ、車高が低すぎる車を見ると、「不便そうだな」「擦りそうだな」「なぜそこまでして下げるのだろう」と思ってしまうのだ。

実は同じように感じている人も多いのではないか

以前、私はXで「車高を落とすのはかっこ悪い」といった趣旨の投稿をしたことがある。

正直、かなり反発されるかもしれないと思っていた。
車好きの世界では、車高を落とすことを良しとする空気が強いからだ。

ところが、実際には思った以上に反応が良かったのを思い出す。

そのとき私は、もしかすると、表立って言わないだけで、内心では同じように感じている人も多いのではないか。

「車高を落とすのがかっこいい」という空気に対して、違和感を持っている人もいるのではないか。

そう思った。

だから今回も、あえてブログで書いてみた、というわけである。

車高を落とすのがダサい、という意見があってもいい

繰り返すが、これは私の主観である。

車高を落とした車をかっこいいと思う人を否定したいわけではない。
本人が満足しているなら、それはそれでいい。
趣味の世界なのだから、自分が好きなように楽しめばいい。

ただ、それと同じように、
車高を落とすのはかっこ悪い
ローダウンはダサい
実用性を殺してまでやる意味がわからない

そう感じる人がいてもいいはず。

車のカスタムには正解はない。
だからこそ、低い車が好きな人がいてもいいし、ノーマル車高のままが一番かっこいいと思う人がいてもいい。

私は完全に後者である。

メーカーが考えて作った標準のバランス。
日常で普通に使える実用性。
段差を気にせず、駐車場を選ばず、普通に走れること。

私にとっては、その方がずっと魅力的なのだ。

結局、私はノーマル車高の実用性が好きなのだ

車高を落とした車には、たしかに独特の迫力があるのかもしれない。
見た目として低く構えた姿に魅力を感じる人がいるのもわかる。

でも、私はそこに価値を感じない。

むしろ、車高を落とすことで日常の使い勝手が悪くなり、段差を気にし、バンパーを擦り、行ける場所が減るのであれば、それは私にとっては魅力ではなく、ただの不自由にすぎない。

車は見た目だけの置物ではない。
日常で使い、走り、移動し、いろいろな場所に行くためのものだ。

その自由度を削ってまで見た目を優先することに、私はどうしてもかっこよさを感じない。

だから、私はあえて言う。

車高を落とすのは、私にはダサく見える。
実用性を犠牲にしてまで低くする意味が、どうしてもわからない。

もちろん、これは正解ではない。
ただの一人の車好きの感想である。

でも、同じように感じている人も、きっといるのではないでしょうか。

皆さんは、車高を落とすカスタムについてどう感じますか?
インフォビルドブログ 国道走行リスト 作者プロフィール マイカー全給油記録 所持運転免許紹介 お問い合わせ
給油日 2026年06月14日
給油場所 東京都大田区西馬込
種別 セルフ
給油量 39.22リットル
単価1L 159円(税込)
累計走行距離 26992km
累計給油量 2307.22L
累計平均単価 166.8円/L
累計燃費 11.7km/L
累計金額費 384789円
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