2026-10-22
SaaSはなくならない。ただし「人間が使うSaaS」から「AIが使うSaaS」へ変わる

生成AIの急速な進化によって、「SaaSはこれから必要なくなる」「AIがSaaSを置き換える」といった話を耳にする機会が増えました。
いわゆる「SaaS is Dead」という議論です。
確かに、これまでSaaSが提供してきた機能の一部は、生成AIによって簡単に実現できるようになっています。
しかし私は、SaaSそのものがなくなるとは考えていません。
むしろこれから大きく変わるのは、
SaaSを誰が操作するのか
という部分ではないかと思っています。
これまでは、人間が画面を開き、メニューを選び、ボタンを押してSaaSを使ってきました。
これからは、
人間がAIに目的を伝え、そのAIが必要なSaaSを選び、操作する。
そんな世界になっていくのではないでしょうか。
すべてのSaaSがAIに置き換わるわけではない
まず、SaaSと一言でいっても、その性質は大きく異なります。
たとえばマッチングサービスです。
仕事を依頼する人と受ける人。
商品を売る人と買う人。
何らかのサービスを提供する人と、それを探している人。
こうしたサービスの価値は、システムそのものだけにあるわけではありません。
本当の価値は、
そこに人が集まっていること
にあります。
仮に生成AIを使って、XのようなSNSのシステムを短期間で再現できたとしても、Xと同じサービスにはなりません。
なぜなら、そこには利用者がいないからです。
人が集まり、情報が蓄積され、ブランドが形成されるまでには長い時間が必要です。
長年積み上げてきたネットワークそのものが価値になっているサービスは、AIがプログラムを書けるようになったからといって簡単に代替できるものではありません。
決済サービスも同じです。
クレジットカード決済をはじめとして、お金を動かす仕組みには、金融機関との接続、契約、セキュリティ、信用、運用実績など、多くのバックボーンがあります。
こうしたものも、AIがコードを書けるようになったからといって一夜にして置き換わるものではありません。
最もAIに置き換わりやすいのは「効率化SaaS」
一方で、これから大きく価値を失う可能性があるSaaSもあります。
私はその代表が、
業務効率化だけを価値としているSaaS
だと考えています。
最近、展示会へ行くと本当に多くの「AI×○○」というサービスを見かけます。
AI議事録。
AI工程管理。
AIチェック。
AI文章作成。
AI分析。
AI○○というサービスが至るところにあります。
もちろん、それぞれ専門分野に特化したチューニングやデータ整理などには一定の価値があります。
しかし、そのサービスの本質が、
「AIにデータを渡して、ある形式で結果を返してもらう」
というだけであれば、その価値は長期的にはかなり厳しくなると思っています。
なぜなら、汎用AIそのものが急速に高性能化しているからです。
たとえば議事録を作るだけであれば、必ずしも議事録専用AIが必要とは限りません。
音声データや文字起こしデータを汎用AIへ渡し、
「決定事項」
「課題」
「担当者」
「期限」
などの形式を指定すればまとめてもらえます。
今日専用SaaSが提供している機能のかなりの部分を、明日の汎用AIが標準機能として取り込んでしまう可能性があります。
つまり、
「少し便利になる」ことだけを売っているSaaSは、汎用AIとの競争になります。
この競争は非常に厳しいでしょう。
SaaSからAIを呼び出すだけでは足りない
現在、多くのSaaS事業者が進めているのは、
SaaS+AI
というアプローチです。
従来のSaaSの画面にAIボタンを追加する。
文章をAIに生成させる。
データをAIに分析させる。
質問するとAIが答える。
つまり、
SaaS → AI
という構造です。
もちろん、当面はこれにも価値があります。
しかし私は、この構造だけでは長期的な差別化にはなりにくいと思っています。
なぜなら、そのAI部分はいずれ汎用AIに吸収されてしまう可能性が高いからです。
重要なのは、むしろ順番を逆にすることです。
AI → SaaS
です。
AIをSaaSの中へ組み込むのではなく、
AIがSaaSを使う。
ここに、これからのSaaSの大きな可能性があると思っています。
人間がSaaSを操作しない世界
これまでSaaSは、人間が操作することを前提に作られてきました。
ログインする。
メニューを開く。
検索条件を設定する。
データを入力する。
ボタンを押す。
結果を確認する。
しかし生成AIがエージェントとして動くようになると、この操作そのものを人間が行う必要がなくなります。
人間が伝えるのは、
「何を実現したいか」
だけになります。
たとえば、
「先月購入した顧客の中から、再購入の可能性が高い人を抽出して、キャンペーンを作って送って」
とAIに依頼する。
するとAIが、
顧客管理SaaSからデータを取得し、
販売管理SaaSから購入履歴を確認し、
分析サービスを使って対象者を絞り、
メール配信サービスやSMSサービスを使って送信する。
人間は、それぞれのSaaSの管理画面を操作していません。
AIが複数のSaaSを道具として利用しています。
私は、この形が今後かなり増えていくと考えています。
SaaSは「完成品」から「部品」になる
これは、ソフトウェア開発の歴史を考えると自然な流れでもあります。
現在のプログラム開発では、すべてをゼロから作ることはほとんどありません。
認証。
決済。
メール送信。
PDF生成。
画像処理。
QRコード生成。
データベース。
さまざまなライブラリやAPIを利用します。
すでに存在する部品を組み合わせることで、短期間でシステムを作ります。
いわゆる「車輪の再発明」を避けるという考え方です。
生成AIによるシステム開発が普及しても、この基本構造は変わらないと思います。
むしろAIがプログラムを書くようになるほど、
既存の部品をどう組み合わせるか
が重要になります。
そして今後は、ライブラリだけではなく、
SaaSそのものが部品になる
のではないでしょうか。
A社のSaaSから顧客情報を取得する。
B社のSaaSで分析する。
C社のSaaSからメッセージを送る。
必要な機能だけをAPI経由で利用する。
そして、それらをAIが組み合わせる。
企業が巨大な業務システムを一から作る必要はありません。
必要な機能だけを既存サービスから借りればいい。
完成された巨大SaaSより、小さくても強い機能
ここから考えると、SaaS事業者の戦い方も変わってくると思います。
これまでは、
「できるだけ多くの機能を提供する」
ことがSaaSの競争力でした。
顧客管理もできる。
売上管理もできる。
メール配信もできる。
分析もできる。
帳票も作れる。
機能を増やすことで顧客を囲い込むモデルです。
しかしAIが複数のサービスを自由に使えるようになると、必ずしも全部入りである必要はなくなります。
むしろ、
この処理だけなら、このサービスが圧倒的に便利
という存在のほうが使われる可能性があります。
人間にとっては、10種類のサービスを使い分けるのは面倒です。
しかしAIにとっては、それほど問題ではありません。
必要なときにAPIを呼び出せばいいからです。
この違いは非常に大きいと思います。
AIがSaaSを作れる時代でも「業務設計」は残る
一方で、
「それなら企業自身がAIを使って必要なSaaSを作ればいい」
という意見もあるでしょう。
実際、今後はかなりの部分まで可能になると思います。
しかし、ここにも一つ大きな問題があります。
それは、
何を作るべきなのかを決めること
です。
システムを作ることと、業務を設計することは別です。
実際の業務では、
「一般的にはこうする」
では済まないことがたくさんあります。
この会社では、この処理はいらない。
この場合だけ別処理にしたい。
通常はAだが、この条件ではBにしたい。
この部署だけ権限を変えたい。
この顧客だけ特殊な扱いをしたい。
現場では、こうした例外が大量に存在します。
しかもユーザー自身が、その条件を最初からすべて言語化できているとは限りません。
AIは指示されたことを実現する能力は非常に高くなっています。
しかし、
指示されていない、その会社固有の事情
まで自動的に理解できるわけではありません。
だからこそ、
業務知識。
現場経験。
要件定義。
例外処理の知見。
こうした部分の価値は、むしろ残るのではないかと思っています。
AIが最も苦手なのは「まだ言葉になっていないもの」
生成AIはアイデア出しも非常に得意です。
しかし、その多くは既存情報の組み合わせです。
インターネット上に大量に存在する情報を整理し、組み合わせ、新しい形として提示する能力は極めて高い。
一方で、
その業界の人間しか知らない問題。
現場で毎日起きている小さな不便。
社内では当たり前すぎて誰も言語化していない問題。
顧客自身もまだ気付いていない要求。
こうしたものを見つけるには、現場を知る人間の経験が重要です。
これはお笑いにも少し似ていると思っています。
既存のパターンを分析して「こういうネタが面白いはず」と考えることはAIにもできます。
しかし、本当に新しい笑いを生み出すのは簡単ではありません。
業務システムについても同じです。
まだ世の中に文章として存在していない問題を見つけること。
ここには、人間が持つ現場感覚が残ります。
効率化ではなく「成果」を売るSaaSへ
もう一つ重要なのは、SaaSが提供する価値そのものです。
これまで多くのSaaSは、
「作業時間を30%削減できます」
「入力作業を自動化できます」
「管理業務を効率化できます」
といった価値を提供してきました。
しかし、単純な効率化ほどAIに吸収されやすい。
そこで今後重要になるのは、
その会社の業績にどう貢献するのか
ではないでしょうか。
新規顧客が増える。
売上が増える。
リピート率が上がる。
解約率が下がる。
顧客満足度が上がる。
商談数が増える。
こうした会社の成果に直接つながる部分です。
単に、
「3時間かかっていた作業が30分になりました」
だけではなく、
「この仕組みによって売上が増えました」
まで踏み込む。
そのためには当然、企業ごとの業務へ深く入り込む必要があります。
SaaS事業者が考えるべき新しい顧客
そして私は、これからSaaS事業者が考えるべき重要な視点がもう一つあると思っています。
それは、
SaaSを使う顧客は人間だけではない
ということです。
これまでは管理画面の使いやすさが重要でした。
ボタンの配置。
入力フォーム。
検索画面。
ダッシュボード。
もちろん、これらが不要になるわけではありません。
しかし同時に、
API。
Webhook。
構造化されたデータ。
権限管理。
機械から理解しやすい仕様。
こうした、
AIから使いやすいSaaS
であることが重要になります。
人間向けUIとAI向けインターフェース。
この両方を持つSaaSです。
SaaSからAIを呼ぶのではなく、AIからSaaSを呼ぶ
これまでのAI時代のSaaSは、
SaaSからAIを呼び出す
という発想が中心でした。
私は、これからは逆になると思っています。
AIからSaaSを呼び出す。
人間が最初にAIへ目的を伝える。
AIがその目的を実現するために必要なサービスを考える。
そして複数のSaaSを使う。
取得したデータをAIが統合し、加工し、最終的な成果物を作る。
つまり、
人間 → AI → SaaS
です。
現在の、
人間 → SaaS → AI
という順番から変わっていく。
この違いは単なる技術的な違いではありません。
SaaSビジネスそのものの考え方を変える可能性があります。
SaaSは死なない。役割が変わる
私は「SaaS is Dead」とは思っていません。
なくなるのではなく、役割が変わるのだと思います。
人間が毎日ログインして操作する巨大な業務ソフトから、
AIが必要なときに呼び出す専門的な機能
へ。
全部入りのサービスから、
極めて優秀な部品
へ。
単なる作業効率化から、
企業の成果を生み出す仕組み
へ。
そしてSaaS事業者自身も、
「どうすれば人間が使いやすいか」
だけではなく、
「どうすればAIから使われるか」
を考える必要があります。
私は、ここにこれからのSaaS事業の一つの生存戦略があると思っています。
生成AIと競争するのではありません。
生成AIの中に取り込まれるのでもありません。
AIが目的を達成するために、わざわざ使いたくなる部品になる。
これからSaaSを作るのであれば、私はそこを考えておく必要があると思っています。