2026-10-29
礼金制度に文句を言う前に、「選ばない自由」について考えてみる

賃貸住宅を借りようとすると、最初にいろいろなお金が必要になります。
敷金、礼金、仲介手数料、前家賃、保証会社の費用、火災保険など。
さらに住み続ければ、物件によっては更新料もあります。
引っ越し代まで含めれば、新しい部屋に住み始めるだけでかなりまとまったお金が必要です。
その中でも、なぜか特に嫌われているものがあります。
礼金です。
「大家にお礼を払うなんておかしい」
「家賃を払うのに、なぜさらに礼金まで払うのか」
「こんな制度はなくすべきだ」
そんな意見をよく見かけます。
気持ちは分からなくもありません。
私自身、新築の賃貸住宅に入居したとき、家賃2か月分の礼金を払った経験があります。
決して安い金額ではありません。
それでも私は、礼金について少し違う考えを持っています。
礼金は「強制的に徴収される税金」ではない
まず考えたいのは、一般的な民間賃貸住宅の礼金は、国が全国民から強制的に徴収しているようなお金ではないということです。
その物件を貸す条件として、
「この物件は家賃10万円です」
「敷金は1か月です」
「礼金は2か月です」
と貸主側が条件を提示している。
そして、その条件を見たうえで借りるかどうかを決めるのは入居希望者です。
一般的な賃貸借契約では、貸主と借主の合意によって契約が成立します。
つまり礼金が高いと思えば、その物件を選ばないという選択肢があります。
この点は、普通の商品とそれほど変わらないと思っています。
店頭に30万円の商品が置かれていて、
「高すぎる。10万円で売るべきだ」
と思うことは自由です。
しかし30万円でも欲しい人がたくさんいるなら、その価格で商品は売れていきます。
どうしても30万円を払いたくなければ、買わなければいい。
賃貸住宅も基本的な構造は同じです。
結局は需要と供給で決まる
礼金が2か月あっても、募集を開始するとすぐ満室になる物件があります。
一方で、礼金ゼロ、敷金ゼロ、フリーレントまで付けなければなかなか入居者が決まらない物件もあります。
なぜでしょうか。
私は結局、需要と供給の問題だと思っています。
私自身の経験では、新築や築浅の人気物件ほど礼金が設定されている印象があります。
もちろんこれはすべての物件に当てはまる話ではありませんし、地域や時期、物件の条件によって大きく違います。
ただ、新しくて設備がよく、立地もよく、多くの人が住みたいと思う物件であれば、貸主側は条件を強くできます。
多少初期費用が高くても借りたい人がいるからです。
反対に、空室が続けば話は変わります。
礼金を1か月からゼロにするかもしれない。
家賃を下げるかもしれない。
フリーレントを付けるかもしれない。
貸主だって、空室のままでは収入になりません。
市場から「その条件では借りません」という答えが返ってくれば、条件を変えざるを得なくなるわけです。
これは誰かが礼金制度について怒ったからではありません。
借りる人がいなかったからです。
ここは結構重要なところだと思っています。
文句を言いながら払うという行動も、ひとつの答え
礼金2か月は納得できない。
でも、その部屋には住みたい。
そう考えて礼金を払って契約する。
これも自由です。
そして少し厳しい言い方をすれば、その行動によって「礼金2か月でも、この物件には需要がある」ということを自分自身が証明しているとも言えます。
私が以前、新築物件に入居したときもそうでした。
礼金は家賃2か月分。
もちろん、
「2か月も取るのか」
とは思いました。
でも新築で、設備もきれいで、その部屋に住みたかった。
だから私は払いました。
そして、その物件はすぐに入居者で埋まりました。
結果として貸主側から見れば、礼金を下げる必要はなかったわけです。
それだけの話なのだと思います。
「嫌だ」と「選べない」は分けて考えたい
ここから少し話を広げます。
私は、世の中の制度やルールについて考えるとき、
「自分がその条件を嫌いなのか」
と、
「その条件から逃れる選択肢そのものが存在しないのか」
は分けて考えたほうがいいと思っています。
この二つはかなり違います。
礼金が嫌なら、礼金ゼロの物件を探せます。
新築にこだわらないという方法もあります。
エリアを変える方法もあります。
初期費用の低い物件を探すこともできます。
つまり選択肢があります。
だったら私は、礼金という仕組みそのものについて延々と怒るより、
「自分にとって一番条件のいい物件はどれなのか」
を探すほうに時間を使いたい。
礼金2か月を払ってでも新築に住む。
築年数を妥協して礼金ゼロを選ぶ。
少し駅から離れて家賃そのものを下げる。
全部、本人の自由です。
正解は人によって違います。
世の中には、自分では変えられないルールもある
もちろん世の中には、賃貸住宅のように簡単には選べないものもあります。
税金や社会保障制度などは、その代表でしょう。
日本国憲法にも納税の義務が定められており、個人が「私はこの制度が嫌なので払いません」と自由に選べるものではありません。
政治的に意見を表明したり、制度変更を求めたりする自由はもちろんあります。
それによって社会が変わることもあります。
ただし、現在存在しているルールの中で、明日の自分がどう行動するかという話になると、別の視点も必要だと思っています。
自分ではすぐに変えられない制度について不満を言い続けるより、
「では、現在のルールの中で自分にできることは何か」
と考える。
私はそのほうが性に合っています。
選択肢があるなら、自分で選べばいい
税制や生活環境がどうしても自分に合わないのであれば、極端な話、海外に移住するという選択をする人もいます。
もちろん海外移住には、ビザ、仕事、言語、生活費、治安、医療など、別の制約が山ほどあります。
簡単な話ではありません。
それでも、法律上可能な方法で別の国に移り住むという判断自体は、その人に与えられた選択肢のひとつです。
私は、それを他人が必要以上に批判することにもあまり意味を感じません。
日本で暮らす。
地方へ移住する。
都会に住む。
海外へ出る。
会社員になる。
起業する。
賃貸に住む。
家を買う。
それぞれにメリットとデメリットがあります。
自分にとって何が最適なのかは本人にしか決められません。
そして日本という国は、世界全体を見れば、比較的多くの選択肢を持つことができる社会だと思います。
だからこそ私は、与えられた選択肢を使うことをもっと考えてもいいのではないかと思っています。
礼金から考えた「選択する力」
礼金という小さな話から、ずいぶん大きな話になってしまいました。
ただ、私が言いたかったことはかなり単純です。
選択肢があるなら、自分に合わないものを選ばなければいい。
礼金が嫌なら、礼金のない物件を探す。
それでもどうしても住みたい物件なら、礼金を含めた総額を見て判断する。
条件に納得できなければ契約しない。
それでも契約したいと思えるなら、その条件には自分にとってそれ以上の価値があったということです。
一方、本当に選択肢がないものについては、制度を変えるために声を上げるのか、現在の制度の中で最適な方法を探すのか、それもまた自分で考える必要があります。
世の中には、納得できないことはいくらでもあります。
しかし、不満を持つことと、自分の人生をより良くすることは必ずしも同じではありません。
変えられるものなら変える。
避けられるものなら避ける。
選べるものなら、自分にとって一番いいものを選ぶ。
そして、どうしても変えられず、避けることもできないのであれば、その条件を前提として次の最適解を考える。
私にとって大切なのは、制度に腹を立て続けることではありません。
「自分には何を選ぶ自由が残されているのか」を考えることです。
礼金2か月が嫌だと嘆くより、礼金ゼロの物件を探す。
それでも新築のその部屋に住みたいのであれば、礼金を払う。
最後に決めるのは、自分です。
世の中のルールすべてを自分好みに変えることはできません。
しかし、ルールの中から自分にとってより良い道を選ぶことはできる。
私は、そのために知恵を使うほうがずっと建設的だと思っています。